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大阪地方裁判所 昭和35年(行モ)7号 決定 1960年10月22日

申立人 木村フサ 外四名

被申立人 大阪国税局長

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一、本件申立の趣旨

申立代理人らは、「被申立人が昭和三三年九月四日別紙目録記載の預金債権についてなした差押処分の効力は、当庁同三五年(行)第五〇号差押処分無効確認請求事件の本案判決をなすに至るまでこれを停止する。被申立人は、右差押に基き、申立外株式会社三和銀行に対し、右預金債権の取立をしてはならない。申立費用は被申立人の負担とする。」との決定を求めた。

二、本件申立の理由の要旨

(一)  被申立人は、昭和三三年九月四日、滞納者である申立外木村電機株式会社(以下、木村電機と略称)に対する物品税金一四、七九〇、五〇〇円につき、別紙目録記載の預金債権を、同会社の除外資産であるとして差押えた。

(二)  しかしながら、右預金債権は、木村電機とは全く関係のないものであつて、申立人らの財産なのである。

すなわち、別紙目録記載の預金のうち(1) は、木村電機の元代表取締役木村音五郎の妻である申立人木村フサが、数年にわたつて夫所有名義の不動産の賃貸料や、一家の家計をきりつめた金員を貯えたものであつて、同申立人は、その夫が木村電機の代表取締役であつたこと及び同申立人が同会社の株式二七、二二五株を所有していること以外には同会社となんらの関係もない。

また、同目禄記載の預金のうち、(2) ないし(8) は、亡風呂周吉が魚屋とすし屋とを経営してその収入を貯えたものであつて、同人と木村電機とは、同人が同会社の株式九、八七五株を所有していることと、同人が右木村音五郎の妻である申立人木村フサの兄であること以外にはなんらの関係もない。そして、右風呂周吉は昭和三四年二月三日死亡したので、同人の妻である申立人風呂春子並びに子である申立人風呂恒夫、同恵一及び同フサ子は、それぞれ同目録(2) の預金債権を相続したものであり、また同目録(7) 及び(8) の預金の名義人風呂留吉及び風呂鶴吉は架空人であり、実際は右のとおり亡風呂周吉の財産であつたのであるから、これまた前同様、申立人風呂春子外三名が相続したものである。

(三)  従つて、被申立人の本件差押処分は、目的財産の所有者(権利者)を誤つた処分として、当然無効のものであるから申立人らは当庁に対し、本件差押処分の無効確認訴訟を提起したが、被申立人は第三債務者たる株式会社三和銀行に対し、差押にかかる預金債権の支払を強く要求し、同銀行はこのため右預金債権をいつ支払うかもしれない状況にある。

(四)  申立人木村フサは、その夫音五郎が心臓弁膜症のため入院加療中であり、月々の治療費も多額を要し、収入としては夫名義の不動産の賃貸料が月四万円入るのみであつて、もし被申立人によつて本件預金債権を取立てられるならば、今後同申立人一家にとつて償うことのできない損害をこうむることになる。

申立人風呂春子は、夫周吉の死亡により、従来営んでいた魚屋とすし屋を廃業し、現在三人の子女を抱えて夫の遺産によつて細々と生計をたてている有様であつて、同申立人は病弱でもあり、もし被申立人に本件預金債権を取立てられるなら、日々の生活費はともかくとして、子女の進学にも差支えることとなり、これまた償うことのできない損害をこうむることになる。

よつて、このまま本案判決を待つにおいては、申立人らにとつて著しい損害を招き、その生活困難をひきおこすことにもなる。

(五)  仮りに別紙目録記載の預金債権が木村電機の除外資産であるとしても、被申立人が右預金債権を取立てることは違法である。すなわち、

(イ)  本件差押当時施行されていた国税徴収法(明治三〇年法律第二一号。以下、旧法という。)には、収税官吏が第三者名義の財産を任意に滞納者の除外資産と認定して滞納処分をすることができると定めた規定はない。このような場合、被申立人は旧法一五条の詐害行為の取消を求めることができ、詐害行為の要件がない場合は旧法四条の七により申立人らを木村電機の第二次納税義務者と認定したうえ、申立人らに直接第二次的な納税義務を負担させることができるのであつて、このような厳格な手続をとつて初めて第三者の財産につき滞納処分をすることが許されるのである昭和三四年法律第一四七号の国税徴収法(以下新法という)四九条の規定は、旧法にはなかつたが、この規定の精神は旧法においても遵守すべきである。本件において、被申立人は詐害行為取消の手続をとつていないのであるから、本件差押処分は、実質的には旧法四条の七の第二次納税義務者に対する滞納処分として行われたものというべきである。

(ロ)  旧法四条の七の二項、四条の六の三項は、第二次納税義務者として滞納処分を受けたものが、再調査もしくは審査の請求又は訴訟を提起したときは、当該請求又は訴訟の係属する間その財産の公売をすることができないと定め、新法三二条五項もこれと同趣旨の規定を設けている。前記のとおり、本件差押処分は実質上第二次納税義務者の財産に対する差押処分であるから、申立人がその効力を争うため提起した前記訴は、新法三二条五項にいう第二次納税義務者が国税に関する滞納処分につき提起した訴に当る。従つて、被申立人は右訴訟の係属中、本件預金債権の取立をすることができないというべきである。

それにも拘らず、被申立人は前記のとおり、株式会社三和銀行に対して厳しくその取立を迫つているのである。このような場合には、仮りに、被申立人の右取立によつてこうむる申立人らの損害が補償可能のものであつて、本件申立が行政事件訴訟特例法一〇条二項の停止の要件を欠くとしても、特別規定たる新法三二条五項により、被申立人に対し、本件差押にかかる預金債権の取立の停止を求めることができるものと解すべきである。

(六)  よつて、前記訴の本案判決をなすに至るまで本件滞納処分の執行停止を求めるしだいである。

三、疎明

申立代理人らは、疎明として、疎甲第一号証(差押調書)、同第二ないし第九号証(いずれも定期預金証書)、同第一〇、第一一号証(いずれも差押解除嘆願書)、同第一二、第一三号証(いずれも「おしらせ」と題する書面)同第一四号証(差押債権支払催告書)、同第一五号証(通知書)、同第一六ないし第一八号証(いずれも陳述書)及び同第一九号証(戸籍謄本)を提出した。

四、被申立人の意見

(一)  本件差押処分は適法である、すなわち、別紙目録記載の預金債権は、木村電機の除外資産であるから、これに対する被申立人の債権差押処分には、なんら違法の点はない。

(二)  本件滞納処分の執行によつては、申立人らに償うことのできない損害は生じないし、また執行停止をすべき緊急の必要性もない。本件の場合、被申立人の取立手続によつてこうむるべき申立人らの損害は、第三債務者たる株式会社三和銀行に対する預金の返還請求権を喪失するという損害であつて、もとより金銭をもつて償うことのできるものである。

申立人らは、差押債権を取立てられることにより、今後における申立人らの家庭生活に支障を招くというきわめて漠然とした事由をもつて、償うことのでいない損害をこうむるとし、しかも本案判決を待つていては、申立人らの損害が著しいと主張しているが、仮りに、本件滞納処分に対して執行停止決定がなされたとしても、被申立人の本件差押は解除されないのであるから、右三和銀行は申立人らに対して本件預金債権を返還することができない。従つて、申立人らは本案判決確定までは、いずれにしても差押債権の返還を求めることはできないのであるから、申立人らが本件差押債権の取立手続に対する執行停止を求めること自体に理由がない。

(三)  本件執行停止は公共の福祉に反する。租税の徴収は国家財政の見地から適時かつ適切になされなければならないのであつて、本件のような申立が容易に許容されるならば、国家財政の円滑な運営はとうてい期待できないから、公共の福祉に反すること著しい。

(四)  以上の理由によつて、申立人らの本件申立は失当である。

五、当裁判所の判断

疎甲第一ないし第九号証に同第一四号証を併わせ考えると、申立人ら主張の預金債権につき、主張のとおりの差押処分がなされ、被申立人が株式会社三和銀行に対して、その取立を催告していることが認められる。

申立人らは、本件差押債権の取立処分が行われると、申立人らに償うことのできない損害を生ずるので、本件執行停止を求めると主張するので、まず、この点について判断する。

行政事件訴訟特例法一〇条二項によれば、裁判所が行政処分の執行停止を命ずることができるのは、その行政処分によつて生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるときに限る旨規定しているところ、本件において申立人らがこうむるべき損害とは、申立人らの主張自体からうかがえるように、要するに、申立人らの株式会社三和銀行に対する預金の返還請求権の喪失にほかならないのであつて、このような損害については、金銭賠償によつてその満足がえられるものでありしかも国は常にその賠償の支払能力があるものということができるから、本件差押債権の取立によつて、申立人らが償うことのできない損害をこうむるおそれがあるものとは云えない。そして、申立人ら提出の全疎明によつても、他に、申立人らが償うことのできない損害をこうむるものと認められる特別な事情も認められないから、申立人らの右主張は採用できない。

次に、申立人らは、仮りに右損害が補償可能であつても、国税徴収法(昭和三四年法律第一四七号)三二条五項によつて、執行停止を求める旨主張するのであるが、右法条は行政事件訴訟特例法一〇条の特別規定とはとうてい解することができないし、国税徴収法中、他に同法三二条五項に違反する処分の執行停止を求めることができる旨の規定もないので、右主張は採用できない。

そうすると、本件申立は、行政事件訴訟特例法一〇条二項の要件を欠くものであるから、その余の判断をするまでもなく、失当として却下すべきである。

よつて、申立費用の負担につき、同法一条民訴九三条八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 入江菊之助 弓削孟 中川敏男)

目録

株式会社三和銀行(放出支店)に対する左記普通定期預金返還請求権(利息共)

証書番号      金額     預入名義人  債権者

(1) 一五六 一、〇〇〇、〇〇〇円 木村フサ   木村フサ

(2) 一〇七   三〇〇、〇〇〇円 風呂周吉   風呂春子

風呂恒夫

風呂恵一

風呂フサ子

(3) 一〇八   三〇〇、〇〇〇円 風呂春一   風呂春子

(4) 一〇九   三〇〇、〇〇〇円 風呂恵一   風呂恵一

(5) 一一〇   三〇〇、〇〇〇円 風呂恒夫   風呂恒夫

(6) 一一一   三〇〇、〇〇〇円 風呂フサ子  風呂フサ子

(7) 一一二   二五〇、〇〇〇円 風呂留吉   (2) と同じ

(8) 一一三   二五〇、〇〇〇円 風呂鶴吉こと (2) と同じ

風呂鶴子

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